「腐る経済」という本を読みました。
田舎でパン屋を始めた渡邉さんが書いた本です。
「腐らない」という現象は、「自然の摂理に反している」と渡邉さんは言います。そして腐らないものの代表が「お金」、この不自然さが、私たちを狂わしていると言うのです。
この本ではマルクスの労働力の話が出てきます。
資本家が生産手段の持たない労働者の労働力を買って上手く使って「利潤」を出そうとします。このシステムからすれば、労働力はできるだけ安い方が儲かります。
その後、技術革新が起きます。すると、労働が単純化されます。
要するに、誰でも働けるようになるわけです。
ここで「楽に働けるようになった!」と喜んでもいられなくなります。
なぜなら、自分の労働力の価値も併せて下がることになるからです。
パン作りではイースト菌によって、パン作りの手間が大幅に軽減したといいます。
これによってパンを作るのが簡単になったのですが、労働の価値が下がってしまいました。
誰にでも作れるようになったことで、労働者の扱いが酷くなります。ブラックなパン屋の登場です。文句を言う奴は辞めろという態度をとる経営者が出てきます。代わりの労働者はいくらでもいるからです。
これを読んだときに「塾屋も同じじゃないか!」と思いましたね。
自分が前にいた会社では、フランチャイズと映像授業という2つのラインに力をいれているようでした。
フランチャイズで塾を始めるというのは、塾業ノウハウゼロで始められるというものです。映像授業は、講師不足になっても自分が教えなくても大丈夫というものです。
つまり、この2つのラインで「塾は誰でもできる」ということになったわけです。
でも、前述のマルクスやパン屋さんの話から言えば、「ブラックな塾屋が増えていく」ということになりますよね。だって、利潤を最大化させることが資本主義のシステムなんですから。
面白いのが、塾で働いている人たちから、反対の声が上がらないことです。むしろ歓迎されているのかもしれません。
ただ「誰でもできる」としてしまうことは「自分達はいなくても構わない」ということなんですけど・・・。
もちろんフランチャイズで独立開業、生産手段を持ってやれば問題ないじゃないかとも思えます。
しかし、今度はその自分の塾で雇って働く人から搾取していくことになるんですよね。実際に、大学生講師の賃金は下がっていることに加え、以前は社員や経営者がやっていた仕事をたくさんやらされている大学生も多くなってきています。電話がけ、座席作り、給与の計算などなど。
確かに、自分が経営者に回って大学生から搾取して利潤を最大化させることができますけど、これってネットワークビジネスやネズミ講っぽくないですか。下の人を作って自分は勝ち抜ければいいというところが。
小さくてもいいから、ほんとうのことを大事にする仕事がしたい
筆者の渡邉さんも言っているように「小さくてもいいからほんとうのこと」を大事にする仕事がしたい。私もそう思います。
腐る経済では、「利潤を出さず」、「地域と連携」して「同じ規模で続けていくこと」が紹介されていました。
自分達も鎌ケ谷で「腐る経済」をはたして実現できるのでしょうか。
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