今日はスマートフォン(スマホ)の話題です。
「いつからスマホを持たせていいのか」
こんなお母さん達の相談を受けることもあります。
どうしてスマホが欲しいかというと、「みんな持っているから」
考えてみれば、電車の中でもファミレスでもスマホをいじっている人はたくさんいます。
一度使い始めると身体の一部になってしまい、もう手放せなくなるようです。
あまりに成績が酷いと、「スマホを辞めたら?」という話になることもよくあります。
大人から使い始めたのであれば辞めることができるかもしれませんけど、小学生のうちから使っているとするとそれは本当に難しいことなのかもしれません。
僕は携帯電話を持つことを辞めた時期があります。
子どもに「携帯電話なんていらないでしょう」と言いながら使っているのも嘘くさいので。本当になくても支障がないのかを実行してみたんです。
「アドレス変更しました」と友人知人に連絡するのが昔はよくあったのですが、では携帯を辞めるときには、どのようにみんなに告知すればよいのでしょうか。
いろいろ考えて、次のような連絡を解約する直前に一斉に友人・知人に送ったのです。
これから携帯を解約します!今後の連絡は自宅への手紙、パソコンのメールでお願いします!
これによってかなりたくさんの人と音信普通になりました。少なくとも、こちらからは連絡が取れません。
「携帯の連絡先を教えて」と言われても、「携帯電話持っていないから」となりますし、
待ち合わせも遅れることができませんし、相手が遅れてもひたすら待つしかない。
多少の不都合はあるのですけど、携帯電話を持たなくなった解放感はありました。
「待つ」ということもできるようになった気がします。待ち合わせの相手も、コイツとの待ち合わせは気合を入れなくてはと思ってくれるようで、無事に会うことができました。
10代後半から20年ほど使って、おそらく依存症にはなっていたんでしょうね。
ここまでは、携帯電話がない生活の不都合と、携帯電話からの解放の話しですけど、携帯電話を持たなくなって、とても感動した出来事が起きたこともあります。
それは、携帯電話を解約して音信不通になってしまった友人と街で偶然出会ったことでした。
彼は近くに住んでいたわけでもないですし、普通に暮らしていて街で偶然出会うなんてことは、まずありえません。しかし、たまたま普段寄らないコンビニで出会ったのです。
彼も携帯電話が壊れてしまって連絡先が全て消去されてしまい、連絡することができなかったと言っていました。
携帯電話が普及するようになって、出会うことが当たり前のようになってしまいました。
ドラマで恋人同士が出会えなくてドキドキするなんてシーンはもう過去の遺産になりつつあります。
携帯電話の普及で、そのような「出会えたことの喜び」や「待つことで味わえる楽しみ」そういうものも同時に失うようになってしまっている今日この頃であります。
コメントをお書きください